小説の主人公、生島は”アヤちゃん”という女性に一目ぼれをする。
アヤちゃんは同じアパートに住む刺青師の”色”だった。映画では演技派女
優”寺島しのぶ”がキャスティングされたが、私の勝手なイメージでは「吉
瀬美智子」や「井川遙」の方がより近い。泥池に咲いた一輪の蓮華のように、
ハッと目を見張る存在だから・・。
さて、中央商店街に新しい「たこ焼き屋」を発見。元気の良い青年が呼びこ
みをしている。よし、デザート代わりに「たこ焼き」を食べよう。私は店内
に入って、ソースたこ焼きを5個だけ注文した。
5個(200円也)から食べさせてくれる店は珍しい。良心的だ。
驚いたことに四角い容器に梅の紋章のようなレイアウトで出てきた。
「店は新しいんですか?」と訊くと、まだ開店して1ヶ月も経っていないよ
うだった。たこ焼きのレイアウトにも若い意欲を感じる。
天カスをたっぷりと入れる西中島南方「十八番」系のたこ焼きである。外は
サクサク、中はとろっとしている。次回はビールと一緒に食べてみよう。
通りから枝道を見ると大きな鳥居が現れた。「
尼崎えびす神社」である。
境内に立っている神社の由来を読むとこうあった。
『その昔、菅原道真公が九州の大宰府に赴かれる途中、尼崎の海辺の神社に
立ち並ぶ老松や砂浜の美しさに目を奪われ、船を止めてこの地に上陸されま
した。 「ここは殊のほかのよき浦なり。松は琴柱の並びたるが如し」
道真公が賛美したお言葉にちなんで尼崎は「琴の浦」と名付けられ、その古
名の発祥源は当神社であるといわれております。』
阪神間の神社は悉く”菅公びいき”である。
大鳥居下の木陰で、男たちがじっとして休んでいる。小悦の中の刺青師”彫
眉”もここで休んでいた。
さあて、そろそろ喉が渇いてきた。昼酒タイムと参ろう。
飛び込みで入った寿司店がやや不満足だったので、ここはいつもの行きつけ
の居酒屋へ行くことにする。”アマの労働者”が憩う
大衆酒場「正宗屋」だ。
周りをコの字型のカウンターが取り囲み、中で数名の調理人が刺身を切り、
カツや天ぷらを揚げる。
この店に来ると、同じようなものばかり注文してしまう。最初にビールと「
どて焼き」。そして、続いてカツだ。
敢えて新しいメニューを頼んで、しくじったら勿体ない。やはり舌に馴染ん
だ料理が一番だ。
この店の「どて」は、串に刺したプルプルの牛スジを味噌ベースのタレで煮
込んだもの。ほどほどにウマイ。フライはいつもの「アジフライ」ではなく、
「串カツ(牛肉)」にした。薄切り牛肉を重ねてカリッと揚げたもので、ソ
ースを吸った衣が不思議にウマイ。
アヤちゃんは生島に言う。「うちを連れて逃げてッ」
兄が作った借金の肩代わりに身を売られることになったと言う。
絶望的に出口の見えない男と女は死出の旅へ出る。
波間に漂う木片のように、当て所のない漂流を続ける生島とアヤ子。
正宗屋で昼から飲んだくれている私は、この猥雑な町でひとときの”漂流”
を愉しむ‥。
◇たこ焼き「蛸道(たこどう)」
尼崎市神田中道3-39
ソースたこ焼き(5個) 200円
◇居酒屋「正宗屋 本店」 尼崎市神田北通2-19
どて焼き 350円
串カツ(牛肉) 300円